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青森地方裁判所 昭和30年(行モ)2号 決定

申請人 大平与助

被申請人 柏木町長

主文

申請人の申請はこれを却下する。

理由

第一、

一、申請人は「被申請人が申請人に対し昭和二十九年八月三十一日なした、柏木町役場使丁を解職する旨の処分は当庁昭和三十年(行)第五号免職処分取消請求事件の判決確定に至るまで、その効力の発生を停止する。」との決定を求め、その原因として次のように主張した。

(一)  申請人は昭和二十五年九月二十七日付をもつて柏木町長より柏木町臨時傭人を命ぜられ次いで昭和二十六年二月十三日一般地方公務員たる柏木町役場使丁を命ぜられ、四級四号俸を給せられ爾来引続き右役場に勤務してきたところ昭和二十九年八月十三日現町長たる斉藤馨が町長に就任するや、同人は派閥的意図をもつて、自已を支持する者を新たに職員として採用すべく、地方公務員法第二十八条第一項に定むる何らの事由もないのにかゝわらず就任後十数日を出でずして同年八月三十一日柏木町長として、申請人を「都合により解職する。」との辞令によつてその職を免じた。

(二)  そこで申請人は、直ちに任命権者たる被申請人に対し処分の事由を記載した説明書の交付を請求したにもかゝわらず被申請人はその説明書を交付しないばかりか、申請人が公平委員会に、当該処分の審査を請求したのに対し、一部の委員を通じて遷延策を講じ、法をふみにじる態度に出て今日に至るも解決の見透しもつかない状態である。よつて訴訟手続による救済を求めるため昭和三十年一月二十六日御庁に対し、免職取消の訴を提起した次第である。

(三)  申請人は右処分の結果、申請人が世帯主として、前記使丁の俸給によつて妻子七人を養育し来つた生活を根本的にくつがへされ、他には生活の資を得る資産も見るべきものなく一家路頭に迷わんとしている状態である。

右の事情は被申請人の本件免職処分によつて生じた償うことのできない損害であり、しかも緊急の必要があるので、その執行停止の決定を求めるため本申請に及んだ。

二、被申請人は次の通り主張した。

(一)  本件免職処分は申請人の主張するように、派閥的意図からなしたものでなく、地方公務員法第二十八条第一項第一号及び第三号の事由に基くものである。すなわち、

(イ) 申請人は勤務実績がよくない。申請人は飲酒癖が悪く町民のひんしゆくを買つているばかりでなく、他の吏員との接触は円滑を欠き、のみならず勤務時間中しばしばみだらに職場を離れた。

(ロ) 申請人は役場使丁として、その職に必要な適格性を欠いている。申請人は「役場から」と称して町内の商店より酒肴を買求め、その支払をしない事実があり、又申請人作成名義の領収証を前町長に提出して防犯協会用の酒肴料を持出している。

(二)  本件免職処分によつて申請人に対し、償うことのできない損害を与えるものではない。すなわち、申請人は村から受ける俸給によつて生活してきた事実は諒承に難くないが田地一反五畝位を耕作し、尚退職後柏木町第一農業協同組合の精米所に勤務し月額六千円位の収入を挙げている。

仮りに幾分生活を害することがあるとしても、右の損害だけでは償うことのできない損害とはいえないから、本件免職処分の執行を停止する理由はない。

(疏明省略)

なお、当裁判所は当事者本人を双方とも審尋した。

第二、

一、当事者双方より提出の各疏明書類並に当事者本人審尋の結果を綜合すると、次のような事実が疏明せられる。

(一)  申請人は昭和二十五年九月二十七日付をもつて柏木町長より柏木町臨時傭人を命ぜられ、次いで昭和二十六年二月十三日一般職地方公務員たる柏木町役場使丁を命ぜられ、四級四号俸を給せられ、昭和二十七年一月一日五級五号俸に昭和二十九年一月一日五級六号俸にそれぞれ成績良好の理由で臨時増俸せられ引続き右役場に勤務してきたところ、昭和二十九年八月十三日町長改選に伴い、新しく町長として斉藤馨が就任し、その後十数日を出でずして同年八月三十一日申請人は「都合により」その職を免ぜられた。

(二)  よつて申請人はこれを不服として、同日直ちに任命権者たる被申請人に対し、処分の理由を記載した説明書の交付を請求したが、被申請人は右の日より十五日以内にその説明書を交付しなかつたので、同年十月六日柏木町公平委員会に対し免職処分につき公開口頭審査を請求したところ、同年十一月二十六日に至つて漸く口頭審理の期日が開かれたが被申請人並に乗田委員の不出頭によつて、なんら審査することのできないまゝ流会となり、その後審査期日も開かれず今日に至つている。

(三)  申請人は家族員六名の世帯主として柏木町役場使丁としての俸給により生活の資を得ていたが、右の他水田二反四畝六歩を小作しているのみであつたので現在では生活が苦しく藁工品を造つて僅かにその資を得ているにすぎない。

二、そこでまず被申請人の主張する事由が免職処分に値するか否かについて考うるに被申請人は申請人が勤務成績悪しく役場吏員としての適格を欠くと主張するけれども未だこれを肯認するに足る疏明が充分ではない。

三、しかしながら本件免職処分によつて、申請人に対し償うことのできない損害を与えているか否かについてみるに申請人の職務は役場において上司の命にもとずいて主として労務に従事しよつて庶務万般を補助するに止まるから本件免職処分によつて申請人の蒙つた損害はもつぱら俸給を得ることによる利益を喪失したに止まりそれ以上のものは存しないのである。ところが免職処分によつて俸給を得られなくなつたというだけで他に特段の事情が認められない限り該処分の執行を停止すべき理由に乏しいと解すべきを相当とするところ、前記認定の事実並に申請人が柏木町役場に勤務するに至るまで、他の公務についた形跡がないことを併せ考えるときは、申請人の生活は本件免職により相当窮乏するに至ることは認められるけれども、なおいまだ本件免職「処分の執行に因り生ずべき償うことのできない損害を避けるため緊急の必要がある。」特段の事情があるとは認め難い。よつてその余の判断を為すまでもなく本件処分の執行停止を求める申立の理由がないから主文のとおり決定する。

(裁判官 工藤健作 中島誠二 田倉整)

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